キリスト教とヘルメス学

ヘルメス学はキリスト教抜きにしては語ることが出来ません。多くの西洋思想同様、ヘルメス学も、ギリシャ思想とキリスト教思想とが複雑に絡み合う土壌から生まれました。そして、ヘルメス学のキリスト教思想に対する接し方は、キリスト教を完全に受容するのでもなく、かといって排斥するわけでもない微妙な距離を保ったものでした。
周知のように、キリスト教が力をつけ国教となるとともに、ヘルメス学の流れは地下に潜まねばなりませんでした。アウグスティヌスのように、ヘルメス学に対して、ある程度好意的なコメントを残しているキリスト教の聖職者もいるにはいたのですが、そうしたコメントもあくまでキリスト教の教義に反しない範囲でのこと…そうです、ヘルメス学はキリスト教から見て、正に異端に他ならなかったのです。
そんなわけで、中世においてヘルメス学研究がおおっぴらになされなかったのは自然の流れ。ヘルメス学が表舞台に出られるような世の中になったのは、ルネッサンスになってからのことだったのです。
ルネッサンスにおけるヘルメス学研究の中心地は、フィレンツェの大富豪メディチ家がバックアップした研究機関であるプラトンアカデミー。プラトンアカデミー関係者ではマルシーリオ・フィチーノやピコ・デッラ・ミランドラ等が有名ですが、彼らは決して反キリスト教の精神でヘルメス学の研究を行ったわけではありませんでした。むしろ、キリスト教とヘルメス学とをいかに融合させるかが彼らのテーマだったようです。その結果、ヘルメス学とキリスト教思想とは複雑に混じり合うことになりました(その様子については別稿で述べたいと思います)。
以上のような事情がありますので、ヘルメス学理解のためにはキリスト教に対する理解が不可欠なのです。西洋ならばともかく、日本においてはキリスト教思想がそんなに浸透しているわけではありませんので、このカテゴリーであえてキリスト教について扱っていきたいと思います。