ヘルメス学の範囲

ヘルメス学という名称は、そのままではヘルメスの学問を意味すると捉えることができましょう。ではヘルメスの学問とは何か?

ヘルメスの教義に基づいて行動する人たちのことをヘルメス主義者といいます。ところでこのヘルメス主義という言葉、英語では次の二通りの表記がなされるのです。

①Hermetism→『ヘルメス文書』に関わる、あるいはまた『ヘルメス文書』に直接の影響を受けて書かれた後の時代のテクストに関わる潮流を表す。

②Hermeticism→錬金術やそれと類似した思考法など、西洋隠秘思想における多くの相を表す。

そもそもヘルメス学とは、①の内容を意味するものでした。伝説のヘルメス・トリスメギストス三倍偉大なるヘルメス)によって著されたとされる『ヘルメス文書』、あるいは『ヘルメス文書』の影響下に書かれた著作に基づいた潮流が、狭義のヘルメス学なのです(実際は『ヘルメス文書』自体は紀元前3世紀~紀元3世紀頃エジプトアレクサンドリアで書かれたものらしいのですが、詳しいことは別稿で述べたいと思います)。

すなわち、ヘルメス学といっても、ギリシャ神話ヘルメスに直接由来するのかというとそうではなく、ヘルメス・トリスメギストスがその名の元になっているのです。勿論、『ヘルメス文書』はギリシャ神話のヘルメスを讃える書物でもあり、神話のヘルメスと密接に関わっています。

『ヘルメス文書』と呼ばれる作品群のテーマはとても幅広いものでした。哲学・宗教の他、占星術魔術錬金術などがテーマに…そんなわけで、ローマ・カトリック教会の支配する中世においては、異端の烙印を押されかねないヘルメス学が興隆するのが難しかったのは当然でしょう。

そんなわけで②の意味でのヘルメス学が興隆するのはルネッサンスになってからのことです(キリスト教とヘルメス学参照)。ルネッサンスにおいては、マルシーリオ・フィチーノが『ヘルメス文書』をラテン訳し、その内容が広く知れ渡るようになりました。そしてなにより、『ヘルメス文書』に直接あたらない人たちの間にも、『ヘルメス文書』に刺激され、占星術・魔術・錬金術の研究自体が盛んになったのです。そうしたルネッサンスからの潮流を②の意味、つまり広義のヘルメス学といいます。占星術・魔術・錬金術、そしてその背後にある思想活動も含めた領域がヘルメス学の範囲なのです。

キリスト教の母胎としてのユダヤ教

今回はユダヤ教の話です。ヘルメス学との関連でユダヤ教というと、何よりもまずカバラを思い起こされる方が多いと思います。しかしながら、カバラについては後に述べることにいたしまして、今回のお話はキリスト教の母胎としてのユダヤ教。以前の投稿で、ヘルメス学理解のためにはキリスト教に対する理解が不可欠と述べたのですが、キリスト教理解のためにはキリスト教の成立した過程を押さえることが重要です。そんなわけで、今回はいわゆる異端めいたお話には流れません。

さて、キリスト教の聖典として『聖書』がありますが、『聖書』はキリスト教の立場からは『旧約聖書』と『新約聖書』にわけられます。そして、『旧約聖書』の記述から、私たちは古代ユダヤ教の様子を知ることが出来ます。(ちなみにユダヤ教では『新約聖書』については『聖書』として認めていません。ユダヤ教で『聖書』といったらいわゆる『旧約聖書』の方を指します)。

ところで、キリストという言葉ですが、これはギリシャ語で救世主という意味です。『旧約聖書』でいうメシアがこれに当たります(『旧約聖書』はヘブライ語で書かれています)。つまりキリスト教は救世主の宗教もしくは救世主によってもたらされた宗教ということができましょう。救世主(メシア/キリスト)を待ち望む心性は、古代ユダヤ教の歴史の流れで形作られてきました。

これから数回に分けて、古代ユダヤ教からキリスト教が成立してくるまでの流れを見ていくことにいたしましょう。その際、キリスト(救世主)を待ち望む流れがどのように形作られてきたのかという点を意識してお読みいただけるとよろしいかと思います。

*ユダヤ教はイスラエル人の宗教です。『旧約聖書』によると、イスラエル人という言葉は、イスラエル人自らが自分を指すときの言葉だそうで、外国人は彼らのことをヘブライ人と呼んでいたということです。ユダヤ人という言い方は、後に触れますバビロン捕囚以後に用いられるようになりました。

ヘルメス学と象徴

ヘルメス学を学問として捉えることの難しさは、そこで用いられる独特の言い回しに由来するところが多いでしょう。例えば、エメラルドタブレットというものがありまして、これは錬金術の作業を表現する代表的な文書なのですが、「下にあるものは上にあるものに似ており、上にあるものは下にあるものに似ている」などと述べられています。

ヘルメス学はラテン語でHermetica(ヘルメティカ→ヘルメスの学問)と言いますが、ヘルメティカというと単独で錬金術の事を指すことも多々あったようです。そんなわけで、錬金術はヘルメス学の代表的な分野なのですが、錬金術のみならずヘルメス学全般に関わる要素として、上で述べたような言葉使いを挙げることが出来ます。

「下にあるものは上にあるものに似ており、上にあるものは下にあるものに似ている」と書かれていても、「下」とか「上」って何だろう?あるいは「似ている」って厳密にはどういうこと?などなど、何か煮え切らない感じがありますよね。実は、錬金術に限らず、魔術であれ占星術であれ、ヘルメス学関連の文書には、そうした表現が多々出てくるのです。

学問においては、言葉は出来る限り一つの意味を持つように厳密に定義されることが重要です。ところがヘルメス学では、むしろ一つの言葉がたくさんの意味の広がりを持つ、つまり象徴的な言葉の使い方が多いのです。したがって、ヘルメス学で扱われるような内容は学問的かというと、なかなかそうともいえない側面があるのです。

キリスト教の力が絶大だった中世では、ヘルメス学関連分野は異端でありましたので、当然、身を隠すためにあからさまな表現は避け、象徴的な言葉使いで内容をほのめかさざるを得ないという理由もありましたでしょう。ただし、それ以外の理由もありました。それは、ヘルメス学が主題とする内容が、象徴的な表現でしか伝えられないような性質のものであるということです。

そうしたヘルメス学の主題については、なぜ魔術や錬金術、あるいは占星術を実践するのかという話と関わってくる話題になります。これについては、魔術や錬金術等の文章がある程度貯まってきた時点でお話しようと思います。